AI時代に弁護士は何のために働くのか? 大江橋法律事務所・長澤哲也弁護士インタビュー(上):苦手から始まった「独禁法弁護士」という天職
日 付:2026年7月8日
場 所:商事法務会議室
大江橋法律事務所
弁護士 長 澤 哲 也
(聞き手)西 田 章
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AIは、ビジネス法務に関連する業務にも利用が広がっています。法務省は、2026年8月21日、「ビジネス分野におけるAI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係について」というガイドラインを公表しました。ここでは、AIを利用した法務業務支援サービスで適法とされるものの考え方が示されています。 若手弁護士の中には、AIの普及を「自分たちの仕事が奪われる」という脅威とする見方もあれば、「自分たちの仕事の幅を広げてくれる」というツールとする見方も併存しています。これは、「人間である弁護士が自ら果たすべき役割とは何か?」という弁護士業務の本質を改めて考えてみる契機となり、「弁護士は何のために働いているのか?」という職業観を見つめ直す機会をもたらしてもいます。 どうすれば、AI時代において、弁護士は幸福に仕事をすることができるのか? 現在、実務の第一線で活躍されている弁護士の「生の声」(インターネット上には掲載されておらず、AIにも学習されていないもの)を直に聞くことで、そのヒントを見つけてみたいと考えています。 大江橋法律事務所のパートナーである長澤哲也弁護士は「楽しく生きる」「楽しく仕事をする」をモットーに掲げておられます。最新の著書『取引適正化法制の解説と分析 優越的地位濫用規制・取適法・フリーランス法』(商事法務、2026)を参考資料とする「取適法の現在地と実務対応」のセミナーでも、長澤弁護士は、視聴者として想定する企業の利益に適うことを意識して、熱量にあふれる講義を展開されていました。 今回、長澤弁護士に対して、独禁法弁護士としてのキャリアを振り返るインタビューを依頼したところ、快く引き受けていただくことができました(2026年7月8日に商事法務会議室にて開催)。前半である今回は、長澤弁護士に、学生時代にまで遡って、弁護士という職業を選んだ経緯、アソシエイト時代には「独禁法はもうやりたくない」「敢えて留学する必要はないかな」とすら思っていたにもかかわらず、恩師の配慮でアメリカに留学をすることとなり、アメリカでのケース・スタディを経て、「自分にはこれ(独禁法)しかない!」と思うに至るまでの経緯をお尋ねしています。 |
第1部 独禁法を専門分野に選ぶまでの経緯
聞き手
まずは、長澤先生の学生時代のことからお伺いしたいと思います。長澤先生は、東京大学の法学部ご出身ですが、学部時代から法律科目の学習が好きだったのでしょうか。
長澤
父親が専門職(公認会計士)だったこともあり、ぼんやりと将来は法曹を目指すかなという程度の意識はありました。しかし、行動を伴うことなく、大学4年生になるまで大学オーケストラでチェロに夢中になり、授業にはほとんど出席しないまま、大学オケを辞めてから司法試験の勉強を始めました。
聞き手
司法試験を受けるに際して、キャリアの方向性は「弁護士」に定まっていたのでしょうか。
長澤
そこは白紙で勉強していました。1年留年した5年生で司法試験の論文試験に合格した後、大学の授業に初めて真面目に出席するようになったのですが、そのときに受けた佐伯仁志教授の刑事学のゼミが面白かったので、当時は「検事になりたい」と思っていました。
聞き手
その後に、検察官志望から弁護士志望に変わる転機が訪れたのですね。
長澤
いや、実は、司法修習が始まってすぐ、「検事志望」から「裁判官になりたい」と志望を変更しました。前期修習の民裁教官がすばらしい方でしたので。
聞き手
それでは、修習期間中は、法律事務所への就活はしていなかったのですか。
長澤
そうですね、事務所訪問に行っても、「裁判官になります」と公言していたので、真剣に選考してもらうことはありませんでした。ところが、大江橋法律事務所を訪問したとき、事務所の創始者のひとりである石川正さんから、「いつか裁判官をやめたくなる時が来るかもしれないから、そのときはもう一度うちを訪ねてくれ」と声をかけてもらえました。
聞き手
そうすると、いつ、最終的に弁護士志望に変わられたのでしょうか。
長澤
実務修習中に「自分は、組織で働くことには向いていない」と気付かされました。検事志望もなくなり、裁判官志望もなくなったので、消去法的に弁護士志望になりました。
聞き手
それで大江橋訪問時に予言されたとおり、再び大江橋をご訪問されたのですね。
長澤
前回の訪問から数ヵ月しか経っていないのに大江橋を訪ねたので、パートナーからは「お前、思うてたよりも戻ってくるのが早いな」「今年は、もう内定者が決まってるんだけどな」と言われてしまいましたが、例外的に2人目の内定を出してくれました。
聞き手
新人弁護士を「複数」採用すること自体が珍しい時代ですよね。所属弁護士数もまだ50人に届いていなかったのではないでしょうか。
長澤
私が入所した時で20人目くらいの弁護士でした。
聞き手
学生時代から独禁法への関心が高かったのですか。
長澤
そうではないのです。私の学部時代は、まだ「産業法」という名称の授業でした。私は5年生の後期に「産業法」を履修したのですが、単に「『優』を取りやすい」という噂を聞いたのがきっかけでした。昭和59年の石油カルテル事件最高裁判決の解説に多くの時間が割かれていたことは覚えているのですが、その時点では「独禁法をもっと勉強したい」とか「独禁法の専門家になりたい」とはまったく思わなかったです。
聞き手
「石川正先生が独禁法の専門家だから大江橋を選んだ」というわけでもないのですか。
長澤
入所時に「独禁法をやりたかった」ということはありません。実際、ジュニア・アソシエイトの時代には、石川さんから「一緒にやるか?」と誘われて、独禁法関連の相談に対して意見書を書く、という仕事を担当したのですが、その時には、独禁法が嫌いにすらなりました。
聞き手
何が嫌だったのでしょうか。
長澤
他の法分野ならば、たとえば、商法に関する相談を受けたならば、関連する文献を調べていけば、求めている回答に近付くことができる、という感覚を得られました。それに対して、独禁法については、三段論法の規範を提示する部分までは、文献を読んだり、ガイドラインを読めば、考慮要素を挙げるところまではできるのですが、そこから先、具体的な事案にどのように規範をあてはめたらよいのかについては、調べても一向に答えにたどり着けませんでした。そうしたところで「なんなんだ、この法律は。」と途方に暮れていたら、石川さんが「もうええわ」と言って、私が途中まで書いた意見書を引き取って、続きはご自身で起案されました。当時の私としては、いくら考えても答えがでない独禁法は「もうやりたくない」とすら思ってしまいました。
聞き手
興味がないに止まらずに、マイナスからのスタートだったのですね。「独禁法をやってみよう」と思われたのはいつ頃なのでしょうか。留学よりも前ですか、後ですか。
長澤
まさに留学の前後が転機になりましたね。
聞き手
最近では、留学については、円安の影響も受けて、法律事務所においても留学制度を縮小する動きもあるようです。長澤先生は、大江橋の入所時から留学志望が強かったのでしょうか。
長澤
大江橋は、パートナーたちがみな「アソシエイトを留学させたい」という思いを持ってくれていたので、基本的に、入所時も留学を前提としてはいました。ただ、他の事務所の同期など、留学せずに着実に自分のお客さんを獲得していっている弁護士を横目に見ていたことや、英語が苦手であったこともあり、自分も「敢えて留学する必要はないかな」と思っていました。
聞き手
留学志望に転じるきっかけがあったのですか。
長澤
はい、私が留学に消極的だったので、その姿を見かねた石川さんが「長澤を『留学に行く気』にさせよう」と考えて、私にアメリカ出張含みのクロスボーダー案件を担当させてくれました。
聞き手
どのような案件だったのですか。
長澤
それが、国際カルテルの事件でした。大江橋の依頼者は日本企業で、依頼者が、アメリカやヨーロッパの企業とのカルテルに参加したと疑われた事件でした。
聞き手
長澤先生はどのような業務をご担当されたのですか。
長澤
すでに公正取引委員会の調査も始まっており、その対応は別の弁護士が担当していましたので、私は、依頼者において他にカルテルの疑いがないかを社内調査する仕事を担当しました。会社の関係者に話を聞いたり、資料を集めて分析して、その結果を石川さんに報告しました。
聞き手
そして、アメリカ出張にも行かれたのですか。
長澤
石川さんは「長澤が集めた資料を持ってアメリカに行くぞ」という提案をされて、私が「ぜひ行ってきてください。お願いします」と送り出そうとしたら、石川さんから「あほか。お前も一緒に来るんや!」と言われました。依頼者に対して「どの資料に何が書いてあるかわかる弁護士が同席する必要がある」という大義名分を説明して、私を同行することを納得させてくれました。
聞き手
石川先生クラスになると、海外出張はファーストクラスですよね。
長澤
石川さんは「自分はビジネスクラスでいいから、浮いた費用で長澤をエコノミークラスで連れて行かせてくれ」と提案したら、依頼者も意気に感じていただいて、石川さんをファーストクラスで、私もビジネスクラスで連れていってもらいました。
聞き手
印象に残る海外出張だったのですね。
長澤
たまたま、ファーストクラスのお客さんは石川さんひとりで貸切り状態だったので、石川さんに座席まで呼んでもらいました。私はファーストクラスの空間に入るのも初めてだったので、つい、はしゃいでしまい、石川さんに勧められるままワインやキャビアなどのお相伴にあずかっていたら、愛想を尽かせたCAさんから「そろそろ自分のお席にお戻りください」と叱られてしまったことを覚えています。
聞き手
今となっては良い思い出ですね。アメリカに到着された後には、どのような仕事が待っていたのですか。
長澤
アメリカでは、司法省を訪ねて、彼らに関連資料を提示して司法取引をする、という場面に立ち会うことができました。
聞き手
国内で担当してきたものとは毛色が違う仕事ですね。
長澤
まさにその通りです。今でこそ、日本でも、リニエンシー制度が導入され、刑事事件でも司法取引制度が一部導入されていますが、当時の私の感覚として、「仲間を売って自分の罪を軽くする」という行動は、法文化としてまったく異質なもので、本当に衝撃的なものでした。
聞き手
司法省の検事と交渉するわけですね。
長澤
「検事と仲良くなる」「良い情報を提供してくれて、お前はよくやった、と検事に褒められる」というのは、ある意味ではカルチャーショックでした。
聞き手
それで独禁法に対する興味が湧いたのですか。
長澤
「独禁法に」というよりも、「アメリカっていうのは、なんちゅう国だ! ここは?」という衝撃が強くて、「アメリカのことをもっと勉強したい」という興味が膨らみました。
聞き手
それでアメリカ留学を決意されたのですね。
長澤
はい、急遽、「留学しよう!」と決意して、そこから慌てて準備を始めました。きっかけは独禁法案件ですが、「アメリカの法文化を学びたい」という純粋な好奇心から出たものでした。
聞き手
アメリカのペンシルバニア大学ロースクールに留学されたのですね。
長澤
そうです。期限ぎりぎりの応募でした。
聞き手
出願先に提出する推薦状は間に合いましたか。
長澤
当時、商法学者の龍田節先生(京都大学名誉教授)が大江橋にいらっしゃったので、ペンシルバニア大学に提出する推薦状を龍田先生に書いていただくことができました。龍田先生には感謝しています。
聞き手
そして、ペンシルバニア大学のロースクールで、独禁法の面白さに気付かれたのですね。
長澤
その通りです。ロースクールでのケース・スタディで、アメリカに何百とある独禁法関連の判例のうち、主要なケースをひとつずつ事実関係を含めてじっくり読んでいくことで、今まで見えなかったものが見えるようになってきました。
聞き手
アメリカのケーススタディを通じて、日本の独禁法についても理解できるようになった、ということですか。
長澤
そうです。ジュニア・アソシエイト時代に、独禁法の意見書を起案しようとしても、「ちんぷんかんぷん」だった「あてはめ」の部分が見えるようになってきて、俄然、面白くなってきて、「あ、独禁法は、自分に向いているかも!」と思うようになりました。
聞き手
他の法律科目よりも、特に独禁法に対する興味が高まったのですか。
長澤
はい。もともと私は、司法試験の受験生時代から、得意科目は、憲法とか、刑事訴訟法でした。ちまちまと細かい理屈を積み重ねて判断するのではなく、大きな正義に基づく比較衡量をするところが好きでした。
聞き手
「独禁法」が、そういう学問だと気付かれたのですね。
長澤
どこまで競争を制限するか、という影響は、定量的に測ることが難しいので、ある種、非常に「ざっくり」と評価するんですよ。それが、私の「水」に合ったんでしょうね。「自分にはこれ(独禁法)しかない!」と思って、めちゃめちゃに勉強するようになりました。
聞き手
長澤先生は、2001年11月から、NBLで「企業間の共同購入における独占禁止法上の問題点」というご論文を公表されていますが(NBL725号(2001年11月15日)45頁、726号(2001年12月1日)51頁および737号(2002年5月15日)49頁)、これは、留学中にご執筆なされたのですか。
長澤
はい、ペンシルバニア大学ロースクールのゼミで書いたレポートが基になっています。石川さんが、当時のNBLの編集長につないでくださって、邦訳を論文として掲載していただくことができました。
聞き手
LL.M.卒業後の海外事務所研修でも、独禁法案件を中心とされたのですか。
長澤
はい、留学2年目に、ワシントンDCのモルガン・ルイスで研修しましたが、ここでも独禁法セクションで働かせてもらいました。
聞き手
留学からご帰国されてからは、独禁法案件を専門的に扱われていくことになったのですね。
長澤
それは本当に恵まれていました。まず、大江橋には、石川さんのもとにたくさんの独禁法の相談が来る、という状況がありました。それに加えて、時代的にも、カルテルが数多く摘発されるようになり、独禁法違反に対する執行の件数が増えていきました。
聞き手
ご帰国の時期と、独禁法事件が日本で増える時期が重なったのですね。
長澤
私が留学から戻ってから数年で、日本でもリニエンシー制度が導入されて、一段と事件数が増えました。自分が独禁法弁護士として成長すべき時期に事件数が増えたことは、キャリア形成において幸運だったと思います。
聞き手
「成長」という点でいうと、長澤先生が模範とされていた先輩はいらっしゃいますか。
長澤
これまでにも何度も名前を挙げさせていただきましたが、一番尊敬しているのは石川正さんです。弁護士としての私を形成する要素の中で、最も大きなウエイトを占めています。
聞き手
どのような点で影響を受けたのでしょうか。
長澤
挙げていったら切りがないですが、敢えてひとつ挙げるとすれば、「事案に応じて考え抜く」という姿勢ですね。石川さんは、行政法の雄川一郎先生(東京大学名誉教授)のお弟子さんで、田中二郎先生(東京大学名誉教授)の孫弟子にあたる、というご経歴のとおり、理論派です。学究肌で、論文の執筆も徹底的に調べてから書かれます。そのため、公刊されている論文数は多くないですが、遺された論文の質はきわめて高いです。実務においても、とにかく全身全霊で納得いくまで案件に取り組んでおられました。学問的に裏付けられた「考え抜く姿勢」は大変に勉強になりました。
聞き手
留学から帰国された後も、石川さんとお仕事をご一緒する機会は多かったのですか。
長澤
そうです。私が、まがりなりにも、今も、こうして独禁法を専門として大江橋で仕事を続けていられるのは、石川さんが「お客さんを囲い込まない」タイプのパートナーだったおかげです。
聞き手
事務所によっては、「同じ分野の専門家をパートナーに育てることは自分のライバルを生み出してしまうことになる」と考えて消極的な弁護士もいる、と聞きますが、石川先生はそうではなかったのですね。
長澤
まったくそんなことはありません。私に限らず、後輩弁護士に対して、どんどん仕事やお客さんを任せてくれるタイプのパートナーでした。
聞き手
それは引退を意識されて、ということですか。
長澤
いえ、50歳代のまだ現役バリバリの頃から、そういうスタンスで仕事を任せてくださいました。おかげで、私も、他の弁護士も、本当に自由にのびのびと仕事をさせてもらうことができました。
聞き手
学究肌のパートナーですと、案件を任せるよりも、細かく指示を出す、マイクロ管理をされる、という先入観を持っていました。
長澤
石川さんからは、定期的に「一緒にやろう」と声をかけてもらいましたが、お客さんに対しては「次からは、直接に長澤に相談してもらっていいですからね」と告げて、2回目以降の相談は私に任せてくれる、ということが多かったです。
聞き手
そこが「お客さんを囲い込まない」という意味ですね。
長澤
そのスタンスは、石川さんに限ったものでなく、他のパートナーも「後輩弁護士に裁量を与えて任せて仕事をさせる」という弁護士が多いです。
聞き手
それが大江橋のカルチャーなのでしょうね。
長澤
石川さんと一緒に事務所を創設したパートナーの1人に、宮﨑誠さんがいますが、私が新人弁護士として入所して早々に、宮﨑さんの仕事を受けて驚いたことがありました。
聞き手
どんな対応だったのですか。
長澤
入所早々、宮﨑さんから、工場内で発生した事故に関する新件の訴訟事件を回してもらって、私が「いつお客さんとの打合せを設定しましょうか?」と尋ねたら、「全部任せたで、頼むわ」と言われてしまいました。私が「え? 私一人でですか? 大丈夫でしょうか……」と不安げに言っても、「かまへん、かまへん。何かあったら相談してくれたらええから」みたいな感じで、「任せる」という主義の弁護士でした。
聞き手
万が一、アソシエイトの対応にミスがあったら、お客さんに対して責任を負うことになるのはパートナーなので、任せる方にも覚悟が必要ですよね。
長澤
今から思うと「自分で考えざるを得ない状況」に追い込む、ということを意識されていたのだと思います。
聞き手
薄利多売型の一般民事の事務所ならば、「丸投げ」するパートナーもいると聞きますが、企業法務で、アソシエイトに事件を任せられるのはすごいと思います。
長澤
もちろん、すべての事件をアソシエイトひとりでやらせるわけではありません。石川さんとの案件でいえば、石川さん抜きで、私がひとりで担当する案件と、石川さんと一緒に相談しながら進める案件の両方のタイプの事件が並行していくつもありました。
聞き手
長澤先生が成長されていくと、石川先生との共同作業のあり方にも変化があるのでしょうか。
長澤
そうですね、石川さんと一緒に担当する案件でも、私がだんだん生意気になってくると、石川さんと意見が対立することもありましたね。
聞き手
長澤先生が折れるのですよね。
長澤
いや、そこは喧嘩になってしまうこともありましたね。石川さんの個室のスピーカーフォンで、お客さんと電話会議している時に、石川さんの意見に対して、私が「いや、でもこうじゃないですか」と発言したら、石川さんから「違うだろ、これはこうなんだ」と言われて、それでも、私が折れずに「いや、でも」と反論したら、「うるさい!」と言い争いになってしまう事態になり、驚いた電話会議先のお客さんから「大丈夫ですか?」と心配されてしまう、なんてこともありましたね。
聞き手
それほど忖度なしの真剣な議論が交わされていたのですね。
長澤
石川さんと一緒に担当した案件では、時に衝突しつつも、お客さんに最高のアドバイスを提供するために遠慮なく議論させてもらいました。
聞き手
留学から戻って数年でパートナーに昇進されたと思うのですが、それは、自分のお客さんが確保できた時期、ということになるのでしょうか。
長澤
「お客さんを取って来る」というのは、パートナーが担うべき重要な役割のひとつではありますが、それができなければ、パートナーにしない、ということではありません。私も、自分でお客さんを獲得できるようになったのは、パートナーになってから何年も経ってからのことです。
聞き手
とすれば、「パートナー」の要件は、営業面ではなく、業務執行面において「自分ひとりの判断で案件を処理できる」ということになるでしょうか。
長澤
そうですね、責任をもって案件を処理できる、ということの方が大事です。営業面については「将来、お客さんを獲得できるパートナーになってくれるだろう」という期待を抱ける程度で足りると考えています。
聞き手
長澤先生は、石川先生との案件を通じて、独禁法弁護士として独り立ちしたパートナーとなられたのでしょうか。
長澤
案件とは別に、法科大学院の教員を務めたことも、独禁法弁護士としてのキャリア形成において重要な経験でした。それまでは、独禁法の論点を自分の頭の中だけで考えていたところ、ゼミ形式の授業だったので、学生との対話の中で、自分がこれまでに考えたことがない質問を投げかけられたりすることで、自分の中の独禁法の考え方をすごく深めることができたと思っています。
聞き手
京都大学の法科大学院で、2005年からは非常勤講師として、2013年からは客員教授として、12年間、経済法事例演習をご担当されたのですね。京都大学とはどのようなご縁があったのでしょうか。
長澤
先ほど言及があった、2001年から2002年にかけてNBLに掲載された共同購入に関する論文がきっかけでした。当時、京大にいらっしゃった川濵昇教授がたまたま読んでくださったとのことで、京大の法科大学院での授業を担当してくれないかというお声がけをいただきました。
聞き手
恥ずかしながら、私は「法科大学院での教鞭は、働き盛りの弁護士にとっては、多大な時間を取られる割にリターンの少ない、コスパの悪い仕事である」という先入観を持っていました。
長澤
私にとっては、すごく大きな良い影響をもたらしてくれました。「教員経験がなければ、独禁法弁護士としての今の自分はなかった」と断言することができます。
聞き手
専門分野に「独禁法」を選ばれたのは、「この分野はこれから儲かりそうだから、ここにベットしよう、賭けてみよう」という発想もあったのでしょうか。
長澤
純粋に「独禁法が好きで好きで堪らなくなってきた」という点に尽きます。
聞き手
ジュニア・アソシエイトの間では、「将来、何を専門として食っていくか」は非常に大きな関心事だと思いますが、それは「好きかどうか」で決めてしまってもよいのでしょうか。
長澤
私が、新人弁護士への研修を担当する時に話している心得集があるのですが、その中でも「自己研鑽」の項目で「寸暇を惜しんで熱中できる好きな仕事・分野がないか、常にアンテナを貼ろう」と言っています。
聞き手
パートナーから「君はこの分野を」と割り振られるようなものではないのですね。
長澤
いろいろなところで、電波のように無数に飛び交っている機会にアンテナを張って、「これだ!」と思う分野を自らの手で掴んで、それを自分の専門分野として伸ばしていくという積極的な主体性が必要になります。
聞き手
ただ、長澤先生も、ジュニア・アソシエイト時代には「独禁法の面白さ」に気付かれなかったのですよね。
長澤
そういう意味でも、「食わず嫌いせずにやってみる」というのは大事だと思います。私も「独禁法」との出会いは「面白いと思えない」というところからの出発でしたが、石川さんのおかげで、再びチャンスをもらって、留学までさせていただいて「これは面白い!」と感じることができたので、「独禁法」の仕事に喰らい付くことができました。
聞き手
最近では、法律事務所への就活活動において「自分は○○法の専門家になりたい」とアピールする学生も増えていますが、この点はどうでしょうか。
長澤
学生の段階で、自分の適性も踏まえたやりたい分野を発見できている人がいれば、それはとても幸運なことです。しかし、そういう人はなかなかいません。実際にやってみないと分からないものです。みんなそういう経験をしてきているので、大江橋は、基本的に「あらゆる分野を経験した上で、その中で自分のやりたい分野を見付ける」というスタイルです。
聞き手
長澤先生は、留学前には、独禁法以外の分野のお仕事をたくさんご担当されていたのですね。
長澤
いろんな分野の事件を担当しました。新人弁護士時代には、ある業界の企業が犯罪的行為のターゲットとされてしまい、社会問題化していたところ、毎週、その被害企業のオフィスに通い詰めて、訴訟や仮処分のために全国各地を回ったりもしていました。
聞き手
その案件にはどれくらいの時間を取られていたのでしょうか。
長澤
弁護士1年目は、稼働時間の半分くらいをその案件だけで占めていました。「隣の芝生は青く見える」という言葉のとおり、もうひとり入った同期は、私のように比重が大きい事件がないためにさまざまな事件を担当できているのがうらやましく思えていました。パートナーは、そんな私を気の毒に思ってくれたのか、翌年には対策を講じてくれました。
聞き手
案件から外してもらったのでしょうか。
長澤
案件を外れてはいませんが、翌年入ってきた1年後輩の新人にもチームに加わってもらったので、担当アソシエイトとしての私の負担は半分に減りました。そこで、パートナーからは「空いた時間になんでも好きな案件をやらせたるで。長澤くんは何をやりたい?」と言ってもらいました。
聞き手
その時、長澤先生は何を選んだのですか。
長澤
恥ずかしながら、「知財とかカッコいいからやってみたい」ということを言ったら、「ええよ。ちょうどええ知財の新件があるわ、特許訴訟やで。これ手頃やからええんちゃうか」と言ってもらって担当させてもらいました。
聞き手
案件はどうなったのでしょうか。
長澤
訴訟は無事に勝訴しました。
聞き手
それで「知財の専門家になろう」とはならなかったのですか。
長澤
案件自体はうまく行ったのですが、「私は向いてないな」と思いました。
聞き手
面白くなかったのですか。
長澤
面白いかどうかではなく、「自分には合ってない」と感じました。知財訴訟って「似ているか似ていないか」をひとつひとつ緻密に見ていかなければならないじゃないですか。その作業が私には合わないんですよね。「そういえば、子供の頃から、ジグソーパズルもピースが多いのは苦手で途中で嫌になってしまうタイプだったな」と思い返したりしました。
聞き手
私は、「長澤先生といえば、独禁法」というイメージが固まっていたのですが、そこに至るまでには紆余曲折があったとは驚きでした。
長澤
アソシエイト時代は、留学まで、トライ&エラーを繰り返しながら、「自分に向いているのはなんだろう」と流浪の旅人のごとく、彷徨っていました。独禁法に対しても、ジュニア・アソシエイト時代は「これは違う」と思っていたのに、石川さんから、再度の機会をもらって面白さに気付けた、ということがありますので、キャリア形成における納得感を高めるためには、「いろいろ試してみる」ということが大事だと思います。
聞き手
急いで専門分野を決める必要もないですね。
長澤
遠回りをしたことが今の血肉になっていると思います。さまざまな分野の仕事を経験して、自分の「引き出し」を増やすことができました。それらがヒントとなって専門分野の仕事の奥行きを広げることができます。また、私が1年目のときに多くの時間を費やした案件は、その後二度と同じ分野を扱うものではありませんでしたが、「新しい問題に対してどのような対応策を見いだしていくか」というプロセスを体験したことは、現在の仕事に大きな影響を及ぼしています。
聞き手
専門分野以外の経験も生きてくるということですね。長澤先生は、専門分野である独禁法以外の分野の案件に携わることもあるのでしょうか。
長澤
顧問先の会社からは分野を問わず相談を受けています。それはとても楽しいのですが、割合としては、やはり、独禁法を中心とした広い意味での競争法が業務の多くを占めていますね。「独禁法」という分野は、狭いようで奥が深く、また、日々新しい問題が起こっていますので、今もまったく飽きることがありません。
聞き手
「飽きることがない」というのは大事なことでしょうか。
長澤
弁護士にはいろいろなタイプがいるので、他のタイプの弁護士を否定するつもりはまったくありませんが、私にとっては「限られた寿命の中で、自分が一番楽しいと思えることする」ということを一番大切にしています。「楽しくはないが、儲かる分野だからやる」というのは私の性には合いません。
聞き手
確かに、長澤先生は、ご講演でも、楽しそうに独禁法のお話をされますよね。
長澤
自分自身がハッピーと思える仕事をして、お客さんにも満足してもらうことができる。選べるならば、そういう分野を専門とする職業に選びたいと思っています。
聞き手
「好き」でやっている仕事からこそ、「成果物が備えるべきクオリティ」に対しても妥協できずに、結果的には、「商売で取り組んでいる他の弁護士」よりも良い仕事ができる、という側面もありそうです。
長澤
純粋に「好き」な分野だから、どんどん突き詰めていきます。仕事に取り組んでいる時には「お金」目的は全然ないですね。「お金」は仕事のあとについてくるものです。
聞き手
弁護士によっては、収入を増やすことに職業的な達成感を得る人もいますが、長澤先生はそういうタイプではないのですね。
長澤
私も、不自由のない収入をいただけていることはありがたく感じていますが、「収入を増やしていくことを目標に置いているか?」と言えば、まったくそんなことはありません。私は、お金儲けをするよりも、好きな独禁法のことをもっと勉強したいと思っています。そして、もっと多くの人に、『独禁法の面白さ』を知ってもらいたいと思っています。私自身の社会的な役割に引き直して言うとすれば、「日本において、真の意味での『競争法の発想や考え方』がきちんと根付くようにするためのお手伝いをしたい」と思っています。
聞き手
法律的な勉強を重ねることが仕事にリンクしており、京都大学で教鞭を取られたことも仕事に役立っておられる、という意味でも、長澤先生の職業的倫理はまっすぐにつながっていますね。
長澤
弁護士という職業には、そういう要素が強いので、どの法分野を担当されていてもそうだと思いますが、私自身、目の前の案件に取り組むことと社会的使命の果たすことは同義です。
聞き手
本や論文を執筆なされたり、ご講演をなされることもですか。
長澤
私の中ではつながっている一連の自然なことです。随分前に、外部のベテランの弁護士さんから「長澤さん、仕事のノウハウを公表するようなものを書いてどうするの?」と言われたことがありました。その時は「私はこれが趣味なので」とだけ答えたのですが、私の感覚では、専門家という閉じた世界の中でノウハウを囲い込んでおくことにはマイナスのイメージを抱いています。もっとオープンにすればいいのに、と思ってしまいます。
聞き手
囲い込もうとしたところでいつか限界は来ますよね。
長澤
ひとりの優秀な弁護士が、どれだけ頭がよくて優れたアイディアを思い付いたとしても、同じようなことはいずれ他の弁護士も考えるようになるはずです。自分だけでノウハウをひとり占めなんてできるものでもありません。だったら、いっそ、最初からそれをオープンにしてしまえば、業界関係者にも「あの弁護士がトップランナーだ」と認識してもらえるので、また次に面白い案件を相談してもらいやすくなるのではないでしょうか。
聞き手
なるほど。部外者の立場からは、独禁法分野には、事務所の枠を越えたコミュニティが成立しているように見えます。
長澤
案件の性質上、特にカルテルでは、複数の当事者がいて、それぞれの当事者に代理人が付くことから、ひとつの事件に対して、複数の法律事務所で一緒に仕事をする機会が多いですね。とはいえ、まだまだ、日本における独禁法のマーケットは狭く、小さいと思います。もっと独禁法を専門にする弁護士の数を増やしていきたいですね。そのためにも、独禁法弁護士が「秘伝のたれ」みたいな形でノウハウを囲い込むのではなく、情報を共有して、業界全体として盛り上げていきたいと考えています。
聞き手
お金を儲けるために仕事をしてもつまらない、というお話がありましたが、その通りだと思います。本当に儲けたい人ならば、金融業界に行くか、会社を起業したり、売上げにレバレッジを効かせられる職業に就くべきだと思います。
長澤
私は、単純に「大金を稼いで何をしたいのだろう?」と思ってしまいます。
聞き手
大規模な法律事務所のパートナーの中には、大量のアソシエイトを動員してタイムチャージのメーターを回して売上げを立てることにゲーム性を感じたり、所内での発言権を確保することに意義を感じる人もいるようです。
長澤
独禁法の世界でも、国際カルテルの案件が次々に摘発された時には、それまで独禁法に見向きもしてこなかった弁護士が参入してきた時期がありました。儲かるから独禁法案件を扱っていた弁護士は、ブームが去ったらいなくなってしまいます。費用対効果を重視してお仕事をされている弁護士さんを否定するつもりは全くないのですが、「大変そうだなあ」、「自分ではできないな」と思ってしまいます。「独禁法が好きで、継続して独禁法の勉強を続けてくれるような人」が、法律事務所にも企業にも、もっと増えるといいなと願っています。
聞き手
外部弁護士だけでなく、インハウス弁護士にも、ですか。
長澤
企業内もそうですが、その中でも、弁護士資格を持たないビジネスパーソンにも、です。企業においても、まだまだ、取適法も含めて、独禁法的な問題意識は浸透が足りません。それを当局からの外圧的なプレッシャーをかけることによって遵守させるのではなく、企業内から、しっかりと浸透させて、むしろそれを武器として使ってもらう、そういう意味での取組みが必要だと思っています。
聞き手
「外圧」をかける当局に関して言えば、若い弁護士の間では、「独禁法の専門家として認められるためには、公正取引委員会に出向して規制側の発想を身に付けることが有効」という考え方が広まっているようにも思います。長澤先生は「公取で勤務してみたかった」と思われることはありますか。
長澤
私の時代にはそのような機会がなかったので、「うらやましいな」と思うことはあります。その穴を埋めるため、当局幹部と接する機会があればできるだけ参加して情報収集するように努めています。ただ、弁護士として独禁法違反事件を担当すれば、当局の主張とは対立した解決を目指さなければならない場面に遭遇します。そのような場面では、当局と一定の距離を置いた立場で遠慮なく仕事を行えることにも意義があると思っています。
聞き手
確かに、公取への出向経験がある弁護士には「公取勤務時代の上司や同僚から嫌われたくない。低い評価を受けたくない」という行動原理が働いているように見えることもあります。
長澤
私は、相変わらず、当局から嫌われていると思いますが、それが「独禁法弁護士としての勲章」だと開き直っています(笑)。
(下)につづく



