AI時代に弁護士は何のために働くのか? 大江橋法律事務所・長澤哲也弁護士インタビュー(下):演じ、そして楽しむ。若手に送る“心得”
日 付:2026年7月8日
場 所:商事法務会議室
大江橋法律事務所
弁護士 長 澤 哲 也
(聞き手)西 田 章
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前回の大江橋法律事務所のパートナーである長澤哲也弁護士に対す インタビューの後半である今回は、現在、 |
第2部 新人弁護士心得
聞き手
長澤先生は、独禁法弁護士として活躍されながらも、大江橋法律事務所においては代表社員も務めておられますよね。
長澤
はい、誰かが裏方仕事をやらなければならないので、私を含め5名がプレイヤー兼マネージャーで担当しています。
聞き手
アドミニ業務にも相当な時間を割かれているのでしょうか。
長澤
かなりの時間を費やしており、感覚的にはアドミニ業務の方が負担感は大きいですね。
聞き手
プレイヤーたる弁護士としての優秀さと、事務所のマネジメント業務の適性は別物だという理解なのですが、いかがでしょうか。
長澤
適性があるのかどうか分かりませんが、アドミニ業務は当事者としての仕事なので、プレッシャーの性質が全然違いますね。
聞き手
たとえば、スポーツの世界では、チームの監督を選ぶ際に「選手時代の功績が大きい人を選ぶべきか」という論点がありますが、法律事務所のマネジメントにおいても「弁護士として尊敬されている」ことが大事なのでしょうか。
長澤
事務所の代表業務の担当者は選挙で決めているので、「この人には任せられない」という人は選ばれないと思います。逆に「この人は、今、クライアントワークをがんばっている時期だから、裏方仕事まで追加でやらせるのは気の毒だ」と投票時に考えることもあります。
聞き手
AIが進歩してくると、リサーチや起案を自らするのは苦手でも、客を集めることがうまいアソシエイトが出てくるかもしれませんが、そういうアソシエイトもパートナーになっていく時代になるのでしょうか。
長澤
うちの事務所ではちょっと考えにくいですね。パートナーになる要件は、アソシエイト時代にどれだけ売上げを立てられているかではなく、「責任をもって仕事をできるか」「任せられるか」「うちの事務所の『パートナー』と名乗らせても恥ずかしくない弁護士かどうか」を基準に判断しています。
聞き手
業務執行能力が未熟なアソシエイトをパートナーにしてしまったら、パートナーになった後にその業務を監督して矯正するのは難しそうですものね。
長澤
本人に「学ぼうとする姿勢」があるか次第ですね。いずれにせよ、周囲から「いずれあの人は大江橋を支えるようになる人だよね」と思われている人がパートナーになっていくように思います。
聞き手
教育については、先ほど、新人弁護士への研修用に「心得集」を作られている、とお伺いしました。それは、長澤先生が独自に作られているのですか。
長澤
私が考えていることをまとめたものなのですが、大元を辿れば、私が事務所に入所した時に、新人弁護士研修として石川さんに講義していただいたことがありました。10年以上前に、それを真似て私なりに考えていることをまとめてみようと思い、それから、項目を付け足したり、体系化したり、削ったりと続けているものです。
聞き手
どのような内容なのでしょうか。
長澤
冒頭に、まず、「我々はサービス・パートナーである」という点を掲げて、「問われたことに正確に答えるだけでは不十分。クライアントの立場でやって欲しいサービスを探求し、求められる前に一歩踏み込もう」と伝えています。
聞き手
新人弁護士にとっては、学生気分から抜け出す必要がありますね。
長澤
法曹の世界に入ってくる人は、幼い頃から、受験に秀でた成績を収めた人たちばかりです。でも「受験」って、「問われたことに対して答える」という訓練です。司法試験も二回試験もその延長線にあります。ただ、その前提を持ったまま仕事に入ってきてしまうと、「聞かれたことに答えたら終わり」という発想に陥ってしまいがちです。中には、減点を恐れて、聞かれていないことには踏み込まないという発想の人もいます。そこで、まず、「実際の仕事って違うからね」と言って、そこから抜け出させてあげることが必要だと思っています。
聞き手
優秀な新人でも陥ることがある罠ですね。
長澤
「発想を変えなければいけない」「問いを作っていくのがぼくたちの仕事なんだよ」と伝えたい、というのが出発点だったので、冒頭にこのことを伝えています。
聞き手
むしろ優秀な学生だった人の方が気を付けるべきことかもしれませんね。
長澤
「聞かれていることに答える」というのは最低限必要なのですが、「お客さんの問いの設定が間違っていることがある」「お客さんの気付いていない点が実は重要である」ということも往々に存在します。自分の会社での経験しかない担当者が初めての事案に遭遇したら、適切な質問を立てることが難しいのは当然です。
聞き手
そこに外部弁護士の存在意義があるのですね。
長澤
はい。相談を受けている目の前の案件において、本当の問いは何なのか。お客さんが真に必要としているソリューションは何なのか。それを的確に探らなければなりません。
聞き手
窓口となっている担当者からの質問に直接に答えることだけがリーガルアドバイスではないのですね。
長澤
私たちの仕事の本質は、当たり前のことですが、お客さんである企業にとって価値のある提案をすることです。価値ある提案をするためには、受け身ではなく、こちらからアクティブに踏み込んでいく必要があります。
聞き手
その思考法は、事務所で受け継がれているものなのでしょうか。
長澤
これも、また石川さんの話になってしまいますが、石川さんは「ぼくらのお客さんは、法務部ちゃうからな、企業やからな、その会社やからな」「法務部の人に答えて、ええかっこしてたらいいわけじゃない」と頻繁に口にされていました。「その会社にとって本当に正しいことであれば、法務部の意見と違っても、『言うべきこと』は言わなあかん時があるんや」とまで言われることすらありました。
聞き手
一般論ではなく、切実なご経験に基づくもののようにも聞こえます。
長澤
石川さんはそれを実践されていました。著名な上場企業からの相談に対して、法務部の意向に反するアドバイスを貫いたことで「干されて」しまい、その後、長らくその会社からの相談が来なくなったことがあったと聞いています。
聞き手
「出入禁止」ですね。事務所の営業面ではマイナスになってしまいそうです。
長澤
石川さんの、お客さんに対するこのスタンスは、自分の中でも行動指針として受け継いでいます。
聞き手
「依頼者と合わない」という場面では、つい、依頼者におもねってしまう弁護士が多いと思います。
長澤
もちろん、お客さんの求めることには、最大限応えるようにしています。しかし、色々なお客さんと接していると、さまざまな事情で「保守的に傾きすぎているな」と感じる場面にも遭遇します。逆に、「攻めすぎているな」と感じることも、もちろんあります。そんな時に「目の前のお客さんがそっちのアドバイスを求めているなら、それに沿って答えておくか」と安易に「媚びる」ことはしないようにしています。
聞き手
独禁法上の論点については、人によって考え方の幅が広そうです。
長澤
独禁法に関しては、「リスクをどこまで取れるか」についてのスタンスは、会社によってすごく違いますね。もちろん、カルテルのように「絶対に取れないリスク」はありますが、そこまで至らないものであれば、取れるリスクもあるので、その許容範囲は、企業毎に差があります。これを非常にコンサバに捉える会社もあれば、「ぎりぎりまで攻める」という会社もあります。
聞き手
長澤先生はどういうスタンスなのでしょうか。
長澤
独禁法について言えば、「ぎりぎりまで攻める」のが、会社の利益になると思って仕事をしています。
聞き手
公取に出向していたら取れないスタンスかもしれませんね。
長澤
そうかもしれないです。独禁法は、活発に行われるべき正当な企業活動に制約を加える法律であり、違法な領域に足を踏み外さないよう、違法な領域の境界線を「ぎりぎりまで詰めて考えるべき」と思ってアドバイスをしています。
聞き手
そのスタンスでのアドバイスは、コンサバな法務部には合わないかもしれませんね。
長澤
まれに、会議でお客さんから「そんなことは聞いていない」「相談先を間違えた」という顔をされる事もあり、そういう場合は次の相談が来ないですね(笑)。残念ですが、それでもやむを得ないなと思っています。
聞き手
金融機関の話で、かつて、自分達に都合の悪い意見を述べた若手の商法学者を干したけれど、10年以上経って、一流になった学者に対して、金融機関側が頭を下げて意見を貰いに行った、という話を聞いたことがあります。「一流」は「媚びない」ですね。
長澤
私にとっては、「一流かどうか」というよりは、「私自身がそれでハッピーかどうか」が重要です。「捨てる神あれば、拾う神あり」という言葉がありますが、まさにその通りで、私のアドバイスを気に入らない会社さんもいれば、別の会社さんの中には、私のアドバイスを好んで求めてくださる先もあります。不思議なもので、あるお客さんが遠ざかっていくと、別のお客さんが現れてくれたりする。自分に無理してしんどい思いをするよりも、自分のスタンスに共感していただけるお客さんと仕事をしているとハッピーです。自分に合わないお客さんが離れていっても、まあ、「そういうもんや」と思って仕事をしています。
聞き手
コンサバな意見が好きなクライアントには、コンサバな意見を述べてくれる事務所に相談するのがお互いに幸せですね。
長澤
「コンサバかどうか」は、弁護士毎に回答の温度が分かれる一例ですが、コンセプトは「楽しく生きる」ということにあります。自分がハッピーになれるよう仕事をする。自分のアドバイスをハッピーに受け入れてくれるお客さんと仕事をするのはハッピーですし、そのアドバイスが、企業の発展にもつながってくれたら、ものすごくうれしいです。
聞き手
儲けを損なっても、ですか。
長澤
お客さんと一緒になって、「どこまでのことが許されるか」を考えて仕事するのは、純粋に学問的に面白いし、仕事としても楽しい。他のところに、「もっと儲かる仕事」があって、それを取り損ねたとしても、まったく気になりません。
聞き手
AIが進歩してきていることは、仕事のスタンスに影響していますか。
長澤
「心得集」で、2番目に伝えているのが、「自分の仕事はクライアントにとって価値があるか常に考えよう。単に知識を提供するのではなく、クライアントにとって適切な解決策を考えよう」という点です。
聞き手
「知識の提供」であれば、AIでもできますね。
長澤
「自分が提供できる価値は何か?」「他の事務所の弁護士には出せないものは何か?」「AIに出せないバリューは何か?」を常に意識することが必要だと思います。「AI」は、過去の経験値を基に、その範囲の中での提案をするのが得意です。しかし、弁護士の仕事というのは、先例が何もない、あたらしい問題に対して「こうではないか」というものを提案していけるところに、一番のバリューを出すチャンスがあると思っています。
聞き手
独禁法において、ですか。
長澤
独禁法の世界でいけば、「独禁法違反のおそれがあるから、こういうことをやっちゃいけない」とアドバイスするのは簡単ですが、そこまでは「知識」のレベルの話です。問われているのは、「ならば、どうすればいいのか?」という点です。これについては、ビジネスを一緒に考えて「こういう戦法、方法であれば、同じ目的を達成して、かつ、独禁法上のリスクも低く抑えることができるんじゃないか」というものを提案していけるところに、独禁法弁護士の価値があると思っています。独禁法に限らず、「知識を提供する」というレベルの仕事に留まっていたら、あっという間に、AIに追い抜かれてしまうでしょうね。
聞き手
知識を提供するスピードでは、人間はAIに勝てないですしね。
長澤
正に、心得集の3番目は、「『タイムリー』であることの価値の大きさを意識しよう」です。私が新人弁護士の頃は、まだ、お客さんともファックスでコミュニケーションを取っていたので、依頼を受けて、会議をして、1か月後に意見書やメモを出す、というのが当たり前でした。今からすれば、ものすごくゆっくりした時代でした。
聞き手
今はどうでしょうか。
長澤
今は、自分の中で、遅くとも「24時間以内には返信をする」というルールを定めています。24時間以内に答えを出せない時でも、「○○までには回答します」という返事だけはするようにしています。これは、最近では、多くの弁護士が実践する「常識」となってきていると思います。
聞き手
プロフェッショナル・サービスを提供するファームにとっては、回答の「スピード」と「質」は両輪ですね。
長澤
心得集の4番目は、「質」に関わるもので、「クライアントを正しい道に導き、共に社会に貢献しよう」です。
聞き手
これは、先ほどの石川先生から受け継いだスタンスに関わりそうですね。
長澤
私がこのことを強く意識したのは、10年以上前、仕事がとても忙しかった時期でした。ふと「自分は、弁護士としての公益活動ができていないのではないか」と悩んだのです。
聞き手
恥ずかしながら、私も、弁護士会の公益活動を負担金の支払いで済ませてしまっています。
長澤
弁護士会の会務としては、私も司法修習生の指導担当を少しお手伝いしたことがあった程度で、何もたいしたことができていませんでした。
聞き手
自分の言い訳も兼ねて言わせてもらうと、弁護士の社会貢献的活動は、弁護士会で認めている会務等に限りませんよね。本業である弁護士業務を通じて社会貢献をすることも可能ですよね。
長澤
私が悩んだ末に出した結論も、「社会貢献は、問題が起こった後に行うものだけでなく、企業が問題を起こす前に、それを防ぐことに役立つ活動も社会貢献である」「問題を未然に防いで被害者を出さないで済ませられたら、社会に対する貢献度も高いはずである」というものでした。それ以来、これを自分の中で大きな柱のひとつに据えて仕事に取り組むようになりました。
聞き手
独禁法弁護士のアドバイスには、その側面が大きいですね。
長澤
独禁法に限らず、企業法務を扱う弁護士にはその側面があると思います。自分自身は、「いざとなったら、首を切られても構わない」という覚悟をもってお客さんにアドバイスをしています。
聞き手
ありがとうございます。ここまで「我々はサービス・パートナーである」というカテゴリーについて4つの心得をご紹介いただきました。他にどのような項目があるのか、教えていただけますでしょうか。
長澤
次のカテゴリーは「信頼はコミュニケーションから」という点です。最近は、「タイパ」を意識してか、デジタルなコミュニケーションだけで仕事を終わらせようという人が増えているように感じます。答えが決まっている質問に答えるのであればそれが効率的だと思いますが、そのような仕事はすぐにAIに置き換えられてしまうでしょう。僕らに必要なのは、依頼者が真に求めることを探求して、それに対する解決策を提案することです。そのためには、依頼者とのリアルなコミュニケーションが不可欠であり、それが信頼関係の構築につながると思っています。
聞き手
コミュニケーションの取り方として、新人にどのようなアドバイスをしておられるのでしょうか。
長澤
新人弁護士は、円滑なコミュニケーションを取る以前の問題として、依頼者の前で萎縮してしまいがちです。その殻を破ってもらうために、「ときに演じよう。堂々と姿勢正しく、大きな声で、明瞭に。自信なさそうな声・態度は出さない。『調べさせてくれ』と自信を持って言おう」という心得を伝えています。
聞き手
「演じる」ことが求められるのですね。弁護士の業務に「演じる」と表現した教訓に初めて接しました。
長澤
これは、私が、大学時代の部活動での「舞台に立つ経験」が母体になっています。
聞き手
オーケストラでチェロを弾いておられた時のことですね。
長澤
はい。オーケストラの先輩からアドバイスされたこととして、「オーケストラにはたくさんの人が舞台に上がっているから、見ているお客さんにとっては、一人ひとりが『いい音』を出しているかどうかはわからない。それよりも、お客さんにとっては、一人ひとりがどういう顔をして、どういう態度で演奏しているかを見て楽しんでいる。だから、顔も動きも『演じる』ことに徹しなければならない」という言葉でした。
聞き手
「演奏者」であると同時に「演者」でもあるわけですね。
長澤
演奏が下手でも、「上手に演奏できているような顔」をして感情を込めて演奏をしていたら、お客さんには、うまく演奏しているように聴こえるわけですよ。
聞き手
パフォーマーにとって、とても良いアドバイスですね。
長澤
弁護士になって、「これとまったく同じことが、弁護士にも言える」と気付きました。弁護士の仕事は、企業法務でも、一般民事でも「お客さんに満足してもらえるかどうか」というカウンセリング的な要素が大きいと思います。仮に、訴訟で負けてしまったとしても、「負けてしまったけど満足」という負け方もあります。お客さんに満足して帰っていただくためには、弁護士が「演じる」っていうことがとても大事だと思っています。
聞き手
「調べさせてくれ」という弱気の要望も、自信を持って言うことが奨励されているのですね。
長澤
自信なさそうに言うからダメなのです。「これは難しい問題やから、調べさせてください」と堂々と言えば、お客さんも「ああ、これはそんなに難しい問題だったんだ」と理解してくれて、弁護士がしっかり調べてくれた結果を待ってくれるんですよ。
聞き手
私が修習生の頃には、「お客さんの前で六法を引いたら恥ずかしい」と言われたことがあるのですが、むしろ、堂々とやることが大事なんですね。ところで、長澤先生は、訴訟代理人業務もお好きなんですか。
長澤
訴訟は大好きですね、アソシエイトの頃から。
聞き手
準備書面の起案が好きなのでしょうか。それとも、証人尋問がお好きなのですか。
長澤
書面を起案するのも好きですが、訴訟は、裁判官を説得して、良い心証を抱いてもらうために、筋の通ったストーリーを構築していくところに醍醐味がありますよね。証人尋問では、咄嗟の対応が求められるところがエキサイティングでもあり、大好きですね。
聞き手
大規模な事務所が大型事件の訴訟代理人を務めると、「多数の弁護士がそれぞれパートを分担してつぎはぎだらけの長々とした準備書面が出てくることもある」と聞きます。
長澤
裁判官にストーリーを理解してもらうことが重要なので、長すぎる書面は「あかん」と言われていますよね。
聞き手
穿った見方をすると、それでもタイムチャージで弁護士費用を稼げる、とも言われています。
長澤
弁護士が得するために依頼者に迷惑をかけてしまうのはダメです。
聞き手
長澤先生に、訴訟弁護士としてのお作法を教えてくれた師匠みたいな先輩はいらっしゃるのですか。
長澤
これまでにいろいろな弁護士と一緒に訴訟をさせてもらってきたので、誰かひとり「この人」という特定の先生がいるわけではありません。訴訟弁護士として成長する上でも、先ほども述べたとおり、むしろ、「ひとりで任される」ということが大きかったと思います。証人尋問も自分で周到に準備して、尋問中に予想不可能な出来事が起こってもそれを楽しみながら、自分のストーリーを信じてもらえるように手を尽くす、というところに面白さがあります。
聞き手
独禁法弁護士として専門性を磨く上でも、訴訟経験は重要ですか。
長澤
それはもちろんあったほうが望ましいと思います。お客さんからの相談においても「訴訟になったらどうなるか?」を想定しながらアドバイスしていますから。
聞き手
長澤先生の「新人弁護士心得」には、まだまだ「業務内容」、「所内協働」や「自己研鑽」に関する心得もたくさん書かれていると聞いています。時間も限られていますので、残念ながらすべてをお伺いすることができません。いくつか私が疑問に感じた点だけお伺いしたいのですが、「所内協働」のカテゴリーに「積極的に発言しよう。多様な意見が化学反応を起こす。チームで仕事をする意味はここにある」という心得があります。敢えてこの心得を書かれた意義はどこにあるのでしょうか。
長澤
今の「演じる」という話にも通じることですが、まず、お客さんに対して「この弁護士は、こういう役割でこの案件のチームに参加しているんだ」と理解してもらう必要があります。これが最低限の出発点ですね。
聞き手
その次に何があるのでしょうか。
長澤
「何のために複数の弁護士が一緒になって仕事をしているのか」と考えると、どれだけ優秀な弁護士であっても、ひとりで担当していたら、独断的になってしまうし、浮かぶアイディアの幅も広がりませんよね。他の人とディスカッションすることを通じて、あたらしいアイディアが浮かんでくる。それがひとつの真理だと思っています。
聞き手
一年目の弁護士であっても、ですか。
長澤
そうです。25歳の新人弁護士がいたとすれば、この人は弁護士経験がなくとも、人生経験は25年間積んできています。それに基づいて「その人なりの感覚」を持っています。企業法務の弁護士が扱う案件は、最近、特に「それは法律論だけでなく、社会的にも耐えるものかどうか」という視点からの判断が求められてきています。そういう意味では、「一市民としての意見」も役に立ちます。
聞き手
的外れな意見であっても、ですか。
長澤
それが、専門家にとって突飛と思われる意見であったとしても、「世の中には、そういう風に考える人もいる」という参考にはなるはずです。「では、そのような意見にどう答えていくか」を考えることにも意味があります。
聞き手
「アホな質問しやがって」と言われるのがちょっと怖いですが。
長澤
冗談でそう言われることがあったとしても、遠慮して黙っているのではなく、気が付いたことを何かひとつでも発言すれば、必ずチームにとってのプラスになります。新人が、ベテランと同じ土俵で勝負する必要はありません。
聞き手
大江橋には「風通しがよい」というカルチャーがあり、若手が自由に発言できる素地があるのでしょうね。ひとりボス弁で周りがイエスマンで固められている事務所ではちょっと難しいかもしれません。ところで、心得集の最後には「弁護士は全人格が評価の対象」というカテゴリーがあり、「良き隣人になろう。社会人としての礼儀を身に付けよう」「人に優しくなろう。常に感謝の気持ちを持って、それを表現しよう」という心得が掲げられています。クライアントワークとは直接には結び付かない心得を敢えて最後に付けておられる意図はどこにあるのでしょうか。
長澤
弁護士というのは、やはり恵まれていて、媚びることなく自分自身の素を出していても、それを求めている人がいて、商売が十分成り立つんですよね。ただ、企業法務の弁護士として社会的正義を実現するためには、営利企業であっても公益にかなうような活動をする企業を、私は応援したいです。そのような企業からの信頼を得るためには、我々自身も倫理的な意味での「良き隣人」としてのセンスを体現していることが必要です。そのためには、日頃から「人に優しくなろう」という意識を持っていることが大事だと思っています。
聞き手
確かに、この業界は、まだまだパワハラ気質なベテランでも活躍できているので、会社の方々からすれば、「遅れている業界」に見えるかもしれません。
長澤
私たちはチームで仕事をしています。ひとつの仕事をするにしても、アソシエイトと一緒であるだけでなく、事務所には、秘書さんや事務局のサポートも得ています。さらにオフィスで快適に過ごせるのは、オフィスをきれいにしてくれているからであり、トイレ掃除を担当してくださる方も含めて、あらゆる人達に支えられているわけじゃないですか。そういう人がみんなハッピーに仕事ができるよう、オフィスですれ違う人に、自分はすべて笑顔で臨みたいと思っています。感謝の気持ちは、胸に秘めておくものではなく、言葉で、顔で外に表していくことが大事です。後輩の弁護士にもそういう姿勢で臨んでもらいたいと期待しています。
聞き手
プレッシャーが大きくて辛い仕事であっても「楽しくやる」ことと両立することもできるのかもしれませんね。
長澤
そうなんです。私のモットーである「楽しく生きる」「楽しく仕事をする」というためには、「感謝の気持ちを表現する」というのが必須なのです。
聞き手
そろそろインタビュー時間が尽きてしまうのですが、もう一度、業務の「幅」についてのご意見をお伺いさせてください。「自己研鑽」のカテゴリーには、「土地勘のない分野を少しでも減らそう。総合力は実務家として将来の糧である」という心得があります。「独禁法の専門弁護士になりたい」と思った場合でも、早くから独禁法の仕事だけに絞ることは得策ではないのでしょうか。
長澤
実際のところ、「独禁法」という領域だけでも範囲が広いので、私自身も、独禁法以外の分野まで十分な経験を持てているのか自信があるわけではありません。先輩パートナーからは「もっと他の分野の仕事もやらないかんぞ」という忠告を受けたこともあります。ただ、幸いにも、いくつかある顧問先企業からは、私のことを「独禁法弁護士」と狭い範囲で捉えられていないので、独禁法に限らず、ありとあらゆる分野のご相談を受けることができています。相談の中には、高い専門性が求められるために、当該分野に詳しい所内の別のパートナーに回すこともありますが、そこまでのものでなければ、自分で調べて対処するようにしています。
聞き手
そうですよね。ただ、大規模な法律事務所では、グループ制度が設けられていることもあるため、アソシエイトの中には「早期に専門性を磨かなければ、パートナーになれない」という焦りを感じている人もいます。
長澤
何度も、私の「モットー」に戻った話になってしまって恐縮ですが、「何が楽しいか?」「どんな仕事が楽しいか?」がポイントだと思っています。私にとっては、顧問先企業からの依頼に応えることがとても楽しいんですよ。法律分野は種々雑多ですが、「自分を信頼してくれている」ということがひしひしと伝わってきます。その信頼に応えるために仕事をするのは「弁護士としてのやりがい」も大きいものがあります。
聞き手
大規模な法律事務所には「トランザクションにおけるコンフリクトを回避するために、顧問契約はしない」と割り切っているところもあるようですが、その「やりがい」を切り捨ててしまっているかもしれませんね。
長澤
依頼企業と継続的な関係を構築することは、お互いの理解が深まり、「問われたことにだけ答える」のではない、真にお客さんのためになるアドバイスをするためにすごく意味があると思っています。大きなトランザクションをコンフリクトで取り逃がさないために、お客さんとの関係をドライなものにしておく、という発想は私にはありません。
聞き手
最後に、企業内法務についてご意見をお伺いさせてください。長澤先生には、石川先生のように、大江橋の中に尊敬できる先輩がいらっしゃいましたが、企業の中にも尊敬できる法務パーソンはいらっしゃいましたか。
長澤
何人もいらっしゃいます。これも石川さんからの教えですが、「お客さんにかわいがってもらえ」「お客さんに育ててもらえ」ということをしょっちゅう聞かされていました。その言葉のとおり、本当に、企業の中の方々からも大変にお世話になってきました。
聞き手
立場上は、会社の人は相談する側で、外部弁護士がそれに答える側、ではありますよね。
長澤
会社の中にこそ、人格面でも、識見でも尊敬できる、「法務部としての矜持」とでも言うべきものを持っている方がたくさんいらっしゃいます。
聞き手
それは、長澤先生が提供したアドバイスの方向で、うまく社内をまとめてくれる、ということですか。
長澤
そういうこともありますね。企業の中には、企業独自の論理が存在しています。そのため社内では「言うべきことが言えない」という場面でも、「長澤先生、それはズバッと言ってくれたらいいんですよ」と言ってくださる方もいます。
聞き手
社内の法務パーソンと、外部の長澤先生との間で、物事を正しい方向に進めるための協働作業が行われているんですね。
長澤
それが、「法務機能の強化」につながることだと思っています。会社は、営利組織なので、事業部門が中心になって物事を進められるのでしょう。経営陣や事業部門からすれば、法務部は「うるさいことを言う邪魔者」という要素を含んでいます。そんな中でも、事業部門と法務部が相談に来られて、弁護士と一緒に車座になって考えることで、「そのアイディア、ええやんか」と言ってもらって、リーガルの問題をクリアしつつビジネスにもつなげていけるような提案をしていけることもあります。
聞き手
昔は、法務部と経営陣には大きな隔たりがありましたね。
長澤
今では、私が仕事でご一緒した中には、法務部からでも役員としてボードメンバーに入っていかれた方が何人もいらっしゃいます。
聞き手
日本企業の中にも、ジェネラル・カウンセル(GC)とか、チーフ・リーガル・オフィサー(CLO)といったポジションを新規に設ける先も出ていますが、このような動きをどうご覧になっていますか。
長澤
私は、それが「あるべき姿」だと思っています。法務/リーガルには、コンプライアンスとか法令遵守経営といった最低限の役割がありますが、「経営陣と一体になって、経営の中にうまくリーガル的な発想をビルドインしていく」「それを武器にしていく」というのが重要だと思っています。
聞き手
外部弁護士としても、そういう企業と仕事をしていくのが喜びになるわけですね。
長澤
はい。「ガーディアン機能」とか「守りの法務」へのアドバイザーにとどまると、「知識」を提供する、AIでも出来るような「ルールブック通りの助言」となってしまいがちです。それよりも、リスクを取った経営意思決定を支えるためのアイディア出しに、外部弁護士としてアドバイスしていける方が、もっともっと楽しい仕事ができますよね。
聞き手
本日は、長時間にわたり、どうもありがとうございました。
(おわり)



